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inspired by

~に刺激[触発]される

『遊んでるいるゲームが違う』という考え方

A1理論さんの記事から知った考え方です。


http://okite.hatenadiary.jp/entry/2015/06/18/085007


①A1理論さんの記事

     ↓

②ゆとり隊長さんがそれを基に考察

     ↓

③A1理論さんがそれを基に考察


というながれでしたので、どの記事を貼ろうかと悩みましたが、一番最初に読んだ③の記事を貼りました。



ゆとり隊長さんの、


・価値観や生き方に優劣はない

・同じ時代に生きてるけど、世界は1つじゃない


という考え方は、だいたい似たような感じで考えてました。


でも、それを上手に表現する言葉を持っていませんでした。


見ている世界がちがう、とか、住んでる世界がちがう、とかだとなんだか違うし、そもそも響きが悪すぎる(悩)



「遊んでるゲームがちがう」



それだ!、というかんじです。



この考え方はいろいろ便利がよいです。



そもそも価値観や生き方が違う人のアドバイスとかって役に立たないことが多いし、悪い場合だと価値観を押し付けられてるかんじになることがあると思います。

(アドバイスする側に押し付けてる意図がない場合でも)



そんな時も、遊んでるゲームがちがうんだ、と思えば柔らかい気持ちになれると思います。



ドラクエをしてるのに、ストII波動拳のコマンドの話しをされても・・・。


ストIIをしてるのに、テトリスのバーを使って四段消そうと話しをされても・・・。


テトリスをしてるのに、ルーラで町に戻って宿屋に泊まろうと言われても、いや、もうブロック上まできたから一段でも消して、、アーッ!



つまり、ドラクエでギリギリの状態になったら宿屋に泊まるのが効果がある方法ですが、ゲームが変わるとその方法は意味をなさない、例えばテトリスでのギリギリはブロックが上まできてる状態だから、宿屋に泊まってる間にブロックが落ちてくる、というより宿屋ってどんな形のブロックなの、宿屋でたまったブロック消えるの?、意味わからない、ていうかなんでこのタイミングでバーなの、、アーッ!!

という風に考えると、柔らかい気持ちなれます。

(何を言っているのかだんだんわからなくなってきた)




そして、ゆとり隊長さんが書かれいるように、


・周りの人がどんなゲームをしているのか意識する


というのもよいと思いました。



遊んでるゲーム、と考えるといろいろと柔らかく考えることができます。




いつも思うのですが、ぼんやりとは考えることができることに、適切な言葉(表現・概念)を付けてもらえると、自分の思考範囲が広がって楽しくなります。


こういうこともきっと『能力』の一つなんだろうな、と思います。

(自分ではそもそも考えることすらできないので)