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~に刺激[触発]される

【読書メモ】「普通であることの勇気」(『幸せになる勇気』より)

途中までしか読んでいませんが、読書メモとして書いています。
(昨日の続きです)


『幸せになる勇気』 岸見一郎 古賀史健 [著]



「普通であることの勇気」

平凡なる自分を、「その他大勢」としての自分を受け入れましょう。

「人と違うこと」に価値を置くのではなく、「わたしであること」に価値を置く



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【読書メモ】問題行動の「目的」はどこにあるか(『幸せになる勇気』より)

途中までしか読んでいませんが、読書メモとして書いています。


『幸せになる勇気』 岸見一郎 古賀史健 [著]


問題行動の「目的」はどこにあるか

問題行動の5つの段階(アドラー心理学


▪️問題行動の第1段階 「称賛の要求」

▪️問題行動の第2段階 「注目喚起」

▪️問題行動の第3段階 「権力争い」

▪️問題行動の第4段階 「復讐」

▪️問題行動の第5段階 「無能の証明」



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大好きな5月の大好きなこと

5月の好きなところ。

木の緑色の雰囲気が5月が一番好きです。

真夏の、空の深い青と木の深い緑色との組み合わせも好きなのですが、5月の緑色がより好きです。

夏の緑色と比べると、はずんだ緑色といえばいいのでしょうか?

5月のみずみずしくて軽やかな緑色が大好きです。


5月に吹く風が好きです。

風が吹いた後に木々が「ざわざわっ」とするのがとても好きです。

街路樹の「ざわざわっ」も、山の「ざわざわっ」もどちらも好きです。

なんでもないようなことですが、気分がはずみます。


色彩も風もなのですが、5月の木々の雰囲気が好きなのだと思います。

なんでもないことなのかもしれませんが、こういったことに喜びを感じてしまいます。




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スイミングレッスン振り返り<2017年5月②>

今回のスイミングレッスンの振り返りです。

▼前回の様子はこちらです。

http://inspirex.hatenadiary.jp/entry/2017/05/07/234335


【クロール】

・手をまわすとお腹が下がる理由について

・手をまわすと視線が前になっている

・視線が前になる→頭が上がる→お腹が下がる

・バタ足の時と同じで、視線は下に向ける


【背泳ぎ】

・スタート時に跳び上がらない、水面に沿わせるかたちでスタートする

・視線を後ろ(足の方向)に向ける


【クロールと背泳ぎについて】

・クロールがしんどいのは息継ぎの為

・背泳ぎがしんどいのは、顔が上に向いていることからくる緊張感のため


【練習について】

・プールにいる時間に対する泳いでいる時間を長くする

・無理に端から端まで泳いでプールサイドで息を切らせて長い休憩をとるよりは、途中で足をついて短い休憩をしながら泳いだ方が多く泳げる

・端から端まで泳いだという達成感ではなく、たくさん泳げるような工夫をする


【まとめ】

・しんどくならないように練習することの大切さを感じました

・がむしゃらに泳ぐのではなく、考えながら練習をすることが大切だと感じました




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「心の荷物の整理」は捨てるだけじゃない、ということについて

名取芳彦(なとり・ほうげん)さんの『「退屈」の愉しみ方』という本を読んでいます。

(「ベストセラー作家のお坊さん(←帯より)が書かれた本です)

1テーマを2ページで書かれている本なので、隙間時間を使って少しずつ読んでいます。

まだ読み終わっていないのですが、心に残った箇所がありましたので、書いておきます。



(前略)自分が背負っている荷物を点検すれば、まだ必要なもの、小さくまとめていいもの、サイドポケットに移動するもの、捨てていいものなどの整理ができます。(後略)

(引用終わり)



「荷物」というのは「心の荷物」のことです。

(「人に好かれたい」というようなことから、「お金」や「責任」といったようなものも含めて自分が背負っているもののイメージです)

「心の荷物の整理」はよく言われていることのように思いますが、「小さくまとめていいもの」や「サイドポケットに移動するもの」といった表現は初めて目にしました。


いい表現だなと思いました。


「心の荷物の整理」の必要性は理解できるのですが、「不要になったから捨てる」とイコールになる印象があって、どこか好きになれませんでした。

心の整理をしてみると、もう不要かなと思うようなものもあるのですが、完全に手放せるのかと思うと躊躇してしまうものもあります。

こういった気持ちは扱いが難しいのですが、「小さくまとめる」や「サイドポケットに移動する」のであれば、完全に手放すことに比べるとやりやすいように思えます。


時には自分の気持ちに向き合って、「心の荷物の整理」をしてみようかな、と思いました。




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スイミングレッスン振り返り<2017年5月①>

今週のスイミングレッスンの振り返りです。

▼前回の様子はこちらです。

http://inspirex.hatenadiary.jp/entry/2017/04/23/233804


【クロール】

・息継ぎ以外では頭は動かさない

・真下ではなく少しだけ前を見る

・少しだけ前を見ることによって抵抗が生じるが、その抵抗がある方がよく進む



【背泳ぎのキック(手は上)】

・膝が曲がりがち、意識して膝を伸ばすこと

・肘が曲がりがち、意識して肘を伸ばすこと



【背泳ぎ】

・手は完全には閉じない、開いている状態と閉じた状態の間にする

・手首に力が入っている、力を抜くこと

・指を曲げない、伸ばしておくこと

・手を水に入れる位置は今より少し外側でも良い



【まとめ】

・背泳ぎの際、肘・膝・指が曲がらないように意識しないと曲がってしまいます。細かい部分を意識するようにします。

・背泳ぎの呼吸を一定のリズムですると泳ぎやすいので、引き続き呼吸は意識して行うようにします。




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嫌いなものを好きだと思うようにしていた頃の話

今思うと、嫌いなものばかりを選んで、それを好きだと思おうとしていた時期があったように思います。


今思うと、です。


その時は選んだもののことを好きだと思っていました。

まさか自分がそれを嫌っていたなんてことは思ってもみませんでした。

しかし、その頃はいつも機嫌が悪くてイライラしていたことを記憶しています。


結局その時選んだものは長続きしませんでした。

だいたい一年から一年半くらいで我慢ができなくなり、爆発してしまいました。

その時はなぜ自分がいつもイライラしていたのかも、我慢ができなくなったのかもわかりませんでした。


それから随分と時間が経ちました。

今になって思うと、きっと嫌いだったんだなと思います。


そこで、何故嫌いなものを好きだと思い込んでいたのか考えてみました。

おそらく自分の「正しさ」みたいなものを証明しようと思っていたのだと思います。

(もちろん、当時はそんなことは思ってもいませんでした)

自分が嫌いなものに高く評価をしてもらうことで、自分の「正しさ」を証明できるのではないかと思っていたのだと思います。


今思うと、選ぶべきは「正しさ」ではなく、「楽しさ」や「心地よい」という感覚なのだった思います。

いつも機嫌が悪くてイライラしていたころの自分に会うことができるのなら、「無理して正しくなろうとする必要はないよ」と伝えてあげたいです。




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