自分がグーしか出せないことを嘆くのではなく、相手にどうやってチョキを出させるのかを考えてみよう
昨日、キリューイン花枝さんという方のブログを読んだのですが、素晴らしい内容でしたので、いろいろと考えてみました。
http://www.hanae-chiritote.com/entry/2016/12/15/082505
キリューイン花枝さんは、ジョジョの登場人物について、下記のように評されます。
・ジョジョの登場人物は他人のスタンドを羨ましがらない
・登場人物たちは「自分の能力でどう勝つか?」を常に考える
・ジャンケンに例えると、グーしか出せない自分が、相手にどうやってチョキを出させるのかを常に考える
この発想はなかったです。
自分は能力を考えるときに、自分の能力の「絶対値」をどうやって高めるか、ということを考えていました。
http://inspirex.hatenadiary.jp/entry/2016/12/28/201102
「絶対値」を高めることも大切なのですが、いくら絶対値を高めて史上最強の「グー」になることができても、相手が「パー」をだしてきたら負けてしまいます。
ジョジョの第3部では「ギャンブル」や「テレビゲーム」で戦いを挑んでくる敵がでてくるのですが、彼らは戦闘能力の高い登場人物を羨むこともしませんし、どうやったら自分の土俵に相手を誘導できるかを考えて実行してます。
(余談ですが、「私はDIO様のために闘いに来たのではない、生まれついての『ギャンブラー』だから闘いに来たのだッ!」というセリフはカッコイイです)
キリューイン花枝さんは下記のように結びます。
誰しも完璧な能力を持っているわけではありませんし、私は「完璧な能力を持っている人」なんてこの世にいないと思っています。
能力は一つだけではないのですし、能力の掛け合わせや活かす場所によって爆発的に飛躍することもあると思います。それは挑戦しないことには見つけられませんし、多くの挑戦と失敗によって生み出されていくものだと思います。
この意見には同意見です。
『能力』に関しては『挑戦』して『失敗』するなかでしか生まれないものだと思います。
ジョジョのように、一回の失敗が再起不能になるようなものでは困りますが、そうでなければどんどん挑戦していこうと思います。